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2009年06月09日

ココロも貧しい祝儀貧乏

数週間前にかなり前に編入学した大学時代の友達の披露宴に出席した。
編入学で、二部だったし、人見知りだからなかなか友達は出来なかったが、
新郎であるその彼とは夏休みだったか、集中講義か何かで一緒になって、
そのときの講師の先生のねぎらいか何かの飲み会で知り合った。

いろいろ気を遣ってくれて飲みに誘ってくれたり、自分の部室に招待してく
れたりして、俺の二度目の大学生活を若干潤わせてくれた。とは言っても
二人っきりになることはなく携帯番号とメールアドレスの他にはお互いのこ
とはほとんど知らない。
汗ぶーん

そんな彼から年末に誘われた飲み会の席で披露宴への招待を打診される。
何故か、ここ二三年にこういう微妙な関係の披露宴に招待されることが
増えた。ムカムカ

ピークは二十代後半だった。その頃は三四ヶ月に一回のペースだった。で、
しばらく落ち着いて、「もう同級生の披露宴に招待されることはないだろう」と
高をくくっていた。眠る贈るばかりの祝儀も無くなると。それは間違っていたらしい。ギザギザ

なんだかんだで社会人をしていると知り合いは増えるもの、さらに三十代中盤
だからか駆け込み結婚も二件あった。「んっ?俺を招待するの?」って驚くよう
な疎遠な友達から。がーん

ここからは愚痴なんで読み飛ばしてねぶーん
ま、ポジティブにあやかれればいいが、自分とは縁の無いような
ハッピーさは彼らには悪いんだけど少し興醒めというかハッピーさとそれを祝福する空気のなかでは自分が場違いな感じがした。ガ-ン

疎遠で微妙な関係性の人たちからの招待には少々困惑。単なる人数合わせ?
それとも本当に俺に披露宴に出て祝って欲しい?何か腑に落ちないというか、
不完全燃焼でイマイチ祝福できない俺だった。ダウン汗


若い頃は自分の披露宴を妄想したこともあった。その頃でも「人付き合いが苦手
で友達が少ない自分は友人として誰を招待するだろう?」と考えた。それでも挙
げられなかった。ぐすんあれから十年以上経つがますます思いつかない。

ま、彼女居なくて結婚の予定も全然無いからそんな心配は無用だろぉぉぉ。sos
しばらくは、最悪の場合死ぬまで続くかもしれない祝儀貧乏。なーんかそんな風
に損得で考えたり、幸せな人を祝福できないって心が狭いね汗嫌だなぁぁぁぁって

祝儀貧乏だって考えることがココロが貧しいことだよねぇぐすん
やっぱり祝儀貧乏って思うのは金銭的にだけじゃなくココロ(精神的に)も貧しいんだな汗

ココロくらいは豊かでありたい!いろいろ自分の気持ちを考え込む今日この頃でした。ガ-ン






Posted by ヲーキ at 23:25│Comments(0)
 
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